Impressionism Artists
印象派の画家たち
印象派を代表する、多くの画家たち。彼らについてもっと知りたい人は、下から選んでみてね。
- クロード・モネ -Claude Monet-
- ピエール・オーギュスト・ルノワール -Pierre-Auguste Renoir-
- エドガー・ドガ -Edgar Degas-
- エドゥアール・マネ -Édouard Manet-
- ベルト・モリゾ -Berthe Morisot-
- フィンセント・ヴァン・ゴッホ -Vincent van Gogh-
- ポール・セザンヌ -Paul Cézanne-
- グスタフ・クリムト -Gustav Klimt-
クロード・モネ
Claude Monet (1840-1926)
代表作品:「睡蓮」「散歩、日傘をさす女」
印象派といえばこの人、というくらい有名な画家。近年開催されている絵画イベントのほとんどに彼の手掛けた絵画が展示されています。
1840年、食品雑貨店を営む家の次男としてパリに生まれました。
同じ画家であるルノワール、シスレー、バジールと仲が良く、師匠は風景画家のブーダンであると言われています。
光と水面、またその反映をひたすら追い続けたことで有名です。
また、モネは同じ景色・情景を、季節や時間帯を変えて複数枚描く「"連作"」という革新的な表現手法を生み出しました。「睡蓮」や「積みわら」は連作の代表作として知られています。
《睡蓮》
《散歩、日傘をさす女》
過酷すぎた貧乏生活!?
現在では超絶人気の画家として名を馳せるモネですが、子供を産んだうえに当時の絵は一向に売れず、浪費家傾向でもあったため、生活は困窮を極めていきました。仲の良い友人らバジルに対し、「明日のパンも絵の具もない」と窮状を訴え続け、借金依頼の手紙を書き続けました。
妻子の存在は秘密だった
モネには絵のモデルであり、恋人でもあったカミーユがいました。
モネは日本美術が好きであったため、カミーユが着物を纏い扇子を持った姿を描いた絵画「ラ・ジャポネーズ」はとても有名です。
《ラ・ジャポネーズ》
モネは彼女の存在を家族には内緒にしていましたが、一八六七年にカミーユが身籠ったことから薄情せざるを得なくなりました。
モネの父親は怒り、実家から出ることを許可しなかったため、困り果てたモネは親友のバジールに妻子を預けました。
ピエール=オーギュスト・ルノワール
Pierre-Auguste Renoir (1841-1919)
代表作品:「少女イレーヌ」「ピアノの前の少女たち」
陽気で冗談好きな男性画家。痩せていて一見神経質そうに見られがちですが、そんなことはありません。少女の絵画を数多く手掛け、そのどれもが傑作絵画として知られています。
少女を始めとした女性を題材にした絵ばかりを描くので女性好きと勘違いされていたそうですが、実際はそうでもないそうです。
「楽しいから描く」を信条として、愛する家族に囲まれながら絵を描き続けました。
同じく印象派として有名なクロード・モネと非常に仲が良く、互いに助け合いながら生活していました。
《少女イレーヌ》
《ピアノの前の少女たち》
パンを分け与えるほどの仲!モネは苦楽を共にした親友
ルノワールは絵が売れるまで貧乏であったにもかかわらず、実家で食事を取ったとき、いつもありったけのパンをポケットに詰め込んでいたと言われています。
その理由は、当時同じく非常に貧乏であったモネにこっそり持ち帰って分け与えるためでした。
他にも、ちょっとでも入金があると二人で大喜びで画材屋に行ったり励ましあったりするほど、ルノワールとモネは青春を共に謳歌した親友です。
結婚に対して遠慮がちだったルノワール
たくさんの女性に囲まれることを幸せに感じるがゆえに結婚することに及び腰だったルノワールですが、いざ結婚してみると結婚生活の幸せに気がつきました!「母と子」「ココ、4歳の肖像」など、多くの家族を題材にした絵画を手掛けています。
《遊ぶクロード・ルノワール》
息子を女装させていた!?
家族愛で知られるルノワールですが、描かれた愛息ココの肖像画は女児の容貌をしたものばかりです。
しかし、決してルノワールの趣味などというわけではありません。当時、なぜか男の子の方が子供の死亡率が高かったそうで、長生きするよう魔除けの意味を込めて女装させていたと言われています。
エドガー・ドガ
Edgar Degas (1834-1917)
代表作品:「エトワール」「カフェ、コンセールの歌手」
小柄で痩せ型、常に皮肉に満ちた眼差しを持つ男性です。
裕福な銀行家の長男として生まれ、生まれながらに絵の才能があるなど恵まれた環境に身を置いていました。
本人は攻撃的で辛辣という気難しい一面を持っています。
ですが人嫌いを謳っているものの、実際は男女問わず友人が多かったり、社交的であったりと意外な一面も!?
《エトワール》
《舞台上のバレエのリハーサル》
どの絵にも写る”おじさん”
ドガは少女の絵を描くことが多く、バレエの場面を多く題材にしていました。しかし、よく見てみると、ほとんどの絵の中に、紳士服を着たおじさんが混じっていることに気が付きましたか?
なぜおじさんが登場しているのか真相は定かではありませんが、画中のおじさんは少女たちをじっとりと眺めるものばかりです。
浮ついた噂のなかったドガですが、そこには何か秘密があるのかも?
アンチ印象派、ドガ
今は印象派として知られるドガですが、当時本人は印象派と呼ばれることを嫌っていました。
印象派の画家のほとんどが屋外で自然光を描いていたのに対し、ドガは屋内で人工光を描くことばかりでした。
しかし、近代生活やその瞬間を捉える作画スタイルは印象派そのものといえます。
エドゥアール・マネ
Edouard Manet (1832-1883)
代表作品:「草上の昼食」「フォリー・ベルジェールのバー」など
多くの画家と仲が良く、人気者であったマネは、熱い男として知られていました。
「アスパラの絵」を本来の値段より高く買ってくれた紳士に、お礼状と共に「1本落ちてましたよ」という言葉を添えてアスパラをプレゼントしたり、貧乏で困っていたモネに内緒で絵画を購入したりと、底抜けに明るく心優しい人でした。
彼は若くして亡くなりましたが、葬式の際には党派を超えた本当に大勢の画家が参列したと言われています。
《貴婦人の肖像》
《フォリー・ベルジェールのバー》
スーパーダンディ!頼れる印象派の”兄貴分”
マネは印象派の画家皆と仲が良く、偏屈で有名なドガを始めとした多くの人から好かれていました。その慕われようは、印象派の兄貴分と呼んでも申し分ないほどです。
また、マネは常識にとらわれず挑戦し続ける精神を持っています。彼の代表作《草上の昼食》では、それまでタブーとされてきた女性のヌードを描き、周囲から大反感を買いました。
しかし、次第に画家たちが彼のスタイルを真似していき、彼は時代の先駆者となるのです。そういった挑戦心を忘れないところも、彼が大いに慕われる理由の一つであると言えるでしょう。
《草上の昼食》
ベルト・モリゾ
Berthe Morisot (1841-1895)
代表作品:「ゆりかご」「編み物をする若い女性」
上流階級のお嬢様であり、4弟妹の3番目。印象派で有名な女性画家といえば、まず初めに挙がるのは彼女の名です。
他の画家にはない繊細な筆致と、女性ならではの独自の観点は多くの注目を集めました。
一見内向的な美人に見えますが、その優しい眼差しの裏には絵画への熱い情熱を秘めています。
モリゾは幼い頃から淑女の嗜みとして姉達と絵画を習っており、当時教えていた画家のギシャールは彼女たちの才能を見抜いていたと言います。
《ゆりかご》
《食堂で》
マネとの師弟関係
本格的に絵を描き始めたモリゾは、模写のためにルーブル美術館へ足を運んだ際、当時すでに話題となっていたマネと知り合い、家族ぐるみの師弟関係になっていきました。
また、モリゾは結婚後、毎週木曜日に食事会を開き、他の印象派画家であるモネ、ルノワール、ドガらと歓談するほどの仲であったと言われています。
旦那のウジェールはモリゾ想いの男前!
モリゾはマネの弟、ウジェール・マネと結婚し、娘のジュリーと幸せに暮らしました。
ウジェールは兄を近くで見てきていたため、絵を描くことの何たるかを理解しており、妻のモリゾに「あなたを地上で最も称賛され、大切にされる女性にします」と誓いを立てました。
そしてその約束通り、モリゾの画業に全力を注ぎ、妻が初の画展を開くために奮闘しました。
フィンセント・ヴァン・ゴッホ
Vincent van Gogh (1841-1895)
代表作品:「ゆりかご」「星月夜」
この名前を聞いて、誰しも一度は聞き覚えがあるのではないでしょうか。ゴッホは画家として多くの伝説的な作品を残し、現在でも多くの展覧会が各美術館等で開催されています。彼の作品をベースにしたグッズも多く展開されており、非常に人気の画家です。
彼はよく、印象派の代表としてモネやルノワールなどと並んで紹介されることが多いですが、実際には彼の画風はポスト印象派といいます。
はっきりとした色合いや作られた構図など、印象派の代表的な作品とは対になっているものが多いです。
《ひまわり》
《食堂で》
狂人と恐れられた天才
ゴッホは幼少期から難のある性格をしていて、友達とよくいさかいを起こしたり、孤立したりしていました。
画家として活動を始めしばらく経った30歳後半、彼はアルルの黄色い家で、画家仲間と共に過ごすことを夢見ていました。しかし、夢叶い同棲していた友人のゴーギャンと芸術論議が炸裂!怒り狂ったゴッホはなんと自分の片耳をカミソリで削ぎ落とし、馴染みの娼婦にプレゼントするという奇行に走ったのです。
それからの彼の人生は発作に悩まされる酷いものでしたが、そこから亡くなるまでの1年半に、彼の現代にも名を馳せる名作の数々は次々と生み出されていったのです。
大切な弟!
いつも突拍子もない行動を起こしては、突然怒り出し両親をも不安がらせていたゴッホですが、弟のテオとは仲が良く、二人で散歩をしたり、画家となった後もよく手紙を送っていました。
テオが結婚してからも家族ぐるみで親しくしていたゴッホ。しかし、パリで困窮に苦しんでいるテオの姿を見た時、「すべて自分が困らせてしまったせいだ」と痛感したゴッホは、自ら拳銃で命を落としてしまいました。弟を思うがゆえの行動であったと推測されています。
ポール・セザンヌ
Paul Cézanne (1839-1906)
代表作品:《セザンヌ夫人の肖像》《大水浴図》など
美術史上、最も重要な画家の一人。完璧な構成と色の調和で、自分の世界を描き続けた画家です。
彼もまた印象派の一人でしたが、1880年代にグループを離れ、独自のスタイルを追求しました。
1890年以降より、人気は突如としてうなぎ上りに。伝説の老画家として崇められ、彼は一目見ようと訪れる多くの若手芸術家を温かく歓迎しました。
彼は「二十世紀芸術の生みの親」とされ、彼の作品は幾何学図形が特徴的な印象派と異なる運動「キュビズム」の原点としても知られています。
《セザンヌ夫人の肖像》
《赤いチョッキの少年》
「りんご」は友情の証”
セザンヌは十三歳の時、エミール・ゾラという少年と出会いました。
同級生からいじめられていたところをセザンヌに助けられたゾラは、次の日助けてくれたお礼に、とリンゴがたくさん入ったカゴを渡し、それ以来親友になりました。
セザンヌはよくリンゴの絵を描いていましたが、描いた理由には彼との思い出も含まれていたのかもしれません。
《スープ鉢のある静物》
まるで殺人鬼!?セザンヌの獰猛なテーブルマナー
ドガの友人であるメアリー・カセットという女性がモネの食事会に参加した際に見た、セザンヌのテーブルマナーの話は有名です。
凶暴に尖ったヒゲや赤い眉。ナイフを終始振り回していたり、肉を手掴みで食らったりするその姿は、まるで殺人鬼のよう。
しかしそう見えるだけで、実際はとても温和で優しい人だったと言われています。自分の意見をいう際には必ず文頭に「私にとっては〜・・・」とつけて発言したり、女中へは毎回深々と頭を下げてお礼をしたり。
メアリーは、「人は見かけによらない。彼こそが本当の真摯であり、自由主義的な芸術家でした」と述べたそうです。
グスタフ・クリムト
Gustav Klimt (1862-1918)
代表作品:「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」「接吻」「ユディト I」
彼もまた印象派ではありませんが、印象派の作品に影響を受けた一人です。
彼の作品の多くは装飾的、官能的であるものが多く、金を多く用いた荘厳さを感じさせる絵画の数々は、彫金師であった父親の影響を感じさせます。
人生の後半に彼は次第に風景画を描き始め、金色から落ち着いた色味になっていきました。
《接吻》
《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像》
印象派に感銘を受けた画家のひとり
クリムトはウィーン分離派を代表する画家のひとりです。
印象派の画家ではありませんが、自身の画風スタイルにおいて、印象派は彼に大きな影響を与えたとされています。
彼が描いた風景画「池の朝」では、モネやスーラなどが手掛ける印象派の要素が感じ取れます。
《池の朝》